離婚の話し合いが具体的になり、自宅をどうするかという段になって、金融機関から取り寄せた残高証明書を見て青くなる。「売っても借金が残るなら、この家は財産分与の対象にならないと言われたのですが、本当でしょうか」。江戸川区でご相談をお受けしていると、この問いに行き当たる方は少なくありません。
背景には、相場の潮目があります。東日本不動産流通機構(東日本レインズ)の月例速報マーケットウォッチ2026年8月度によれば、東京都区部の中古マンションの成約平方メートル単価は132.69万円で、前年同月比マイナス0.3パーセント。2020年4月以来、76か月ぶりの下落です。成約件数も1,265件で前年比マイナス20.6パーセントと、8か月連続で減っています。上がり続けることを前提に組んだ資金計画が、現実と向き合う局面に入ったということです。
オーバーローン(住宅ローンの残債が自宅の時価を上回っている状態)の自宅は、確かに扱いが難しい。ただ「対象にならない」という一言で片づけてしまうと、あなたが本来請求できたはずのものを手放すことになりかねません。本記事では、西葛西のファミリーマンションを想定した試算を置きながら、オーバーローン住宅の財産分与の考え方と、連帯保証・名義という後から効いてくる論点を、私たち鑑定士の立場から整理します。なお、具体的な法律上の結論はご事情によって変わりますので、弁護士にご確認ください。税務の取扱いは税理士にご確認ください。
まず押さえる|2026年4月に財産分与のルールが変わっている
請求できる期間が2年から5年になった
令和6年法律第33号による民法改正が、2026年(令和8年)4月1日に施行されました。改正前の民法768条2項ただし書は、財産分与の請求を「離婚の時から2年」に限っていましたが、改正後は5年に延長されています。施行日以後に離婚した場合に新しい期間が適用され、それ以前に離婚した方は従前の2年のままです。
オーバーローンを理由に「分けるものが無いから」と協議を打ち切ってしまった方にとって、この改正は意味を持ちます。時価も残債も時間とともに動きますから、判断を急ぐ必要が薄れたということです。
2分の1ルールが条文に書かれた
同じ改正で、民法768条3項後段に「各当事者の寄与の程度は、その異なることが明らかでないときは、相等しいものとする」という規定が置かれました。従来から実務上定着していた2分の1ルールが、明文化されたかたちです。
つまり出発点は半分ずつであり、そこから動かすには「明らかに異なる」ことを示す必要がある。だからこそ、分ける対象である自宅がいくらなのかという評価の問題が、以前にも増して結論を左右します。
オーバーローン住宅は本当に「対象外」なのか
資産としてはゼロと扱われる
裁判実務では、住宅の時価が残債を下回る場合、その住宅自体には清算すべき積極財産がないと扱われます。東京高等裁判所平成10年3月13日決定は、住宅の価値が負債を上回らない以上その価値は零であり、清算すべき資産がないとして、返済したローンの一部を財産分与の対象とすることはできないと述べています。
ここまでは、確かに「対象外」と言えます。問題はその先です。
他の財産と通算するかどうかで結論が変わる
預貯金や退職金見込額など、自宅以外にプラスの財産がある場合、自宅のマイナス分をそこから差し引くのか(通算説)、自宅はゼロとして無視し他の財産だけを2分の1で分けるのか(非通算説)で、手元に残る金額は大きく変わります。
| 論点 | 通算説 | 非通算説 |
|---|---|---|
| 自宅のマイナス | 他の財産から差し引く | 考慮せず切り離す |
| 預貯金600万円・自宅マイナス500万円の場合 | 差引100万円を分与対象とし50万円ずつ | 600万円を分与対象とし300万円ずつ |
| 有利になる側 | 自宅と債務を引き受ける側 | 家を出る側 |
裁判例はこの点で分かれており、一義的な結論は出ていません。自宅から賃料収入を得ているような場合には通算しないとした裁判例もあります。どちらの立場で主張を組むかは弁護士の領域ですが、いずれの説に立つにせよ、「自宅のマイナスがいくらか」を決めるのは時価の認定です。
マイナスの大きさは評価額で変わる
ここが見落とされがちな点です。通算説に立つなら、時価が100万円変われば分与額はその半分だけ動きます。仲介会社の査定書は媒介契約の獲得を前提に幅を持って示されることがあり、同じ住戸に対して数百万円の開きが生じることも珍しくありません。その幅が、そのままあなたの取り分の幅になります。
西葛西のマンションで試算する|買った時期で明暗が分かれる
以下はすべて想定されるケースであり、実在の取引ではありません。共通の前提として、西葛西駅徒歩圏の専有面積70平方メートル前後のファミリータイプを、購入代金の全額について35年・元利均等・年0.5パーセントで借り入れ、繰上返済はしていないものとします。売却諸費用(仲介手数料・抵当権抹消費用など)は売却価格の約3.5パーセントとしました。婚姻期間は購入時期に対応して、2016年購入なら10年、2023年購入なら3年、2025年購入なら1年半としています。残債と差引はいずれも概算です。
| 購入時期 | 想定時価 | 残債 | 手取り差引 |
|---|---|---|---|
| 2016年 | 5,600万円 | 3,070万円 | +2,330万円 |
| 2023年 | 6,100万円 | 5,990万円 | -100万円 |
| 2025年 | 6,650万円 | 6,970万円 | -547万円 |
2016年に買った世帯はプラスが出る
10年前の西葛西は、現在よりも2割以上安く買えました。地価公示ベースでも江戸川区の住宅地は上昇が続いており、2026年地価公示では区内の住宅地が5.7パーセント上昇しています。詳しくは2026年地価公示、江戸川区の住宅地は5.7%上昇にまとめています。元本も10年分減っていますから、2,000万円を超えるプラスが出て、その半分が分与の対象になります。
2023年に買った世帯は「帳簿上はセーフ、実際はアウト」
このケースが最も揉めます。時価6,100万円に対し残債5,990万円ですから、単純な引き算ではプラス114万円です。しかし実際に売れば、仲介手数料などで約214万円が出ていきます。手取りで見れば約100万円足りない。
「売ればプラスだ」という主張と「売ったら足りない」という主張が、どちらも数字の上では成り立ってしまう。評価にあたって売却費用を控除するかどうかは論点であり、ここは弁護士とご相談いただく必要がありますが、控除するという整理をとるなら、その根拠を示す資料が要ります。
2025年に買った世帯は500万円規模のマイナス
相場のピーク近くでフルローンを組み、元本がほとんど減っていない段階で離婚に至ったケースです。時価が5パーセント下がるだけで、500万円を超えるマイナスが生じます。区部の成約単価が76か月ぶりに下落に転じた今、この試算は決して極端な想定ではありません。
江戸川区ならではの事情|浸水想定と沿線がマンション価格を分ける
同じ区内でもマンション市場は西葛西・葛西・船堀に集中している
江戸川区のファミリー向け分譲マンションのストックは、東京メトロ東西線の西葛西・葛西と、都営新宿線の船堀・一之江に厚く分布しています。一方、小岩・平井といった旧市街は戸建と借地が中心で、オーバーローンが論点になりにくい。区内でこのご相談が集中するのは、東西線沿線です。
当事務所の所在する西葛西は区内で最も地価が高いエリアで、地価公示の水準で1平方メートル当たり67.5万円前後です。エリアの特性は西葛西の不動産鑑定にまとめています。
低層階と高層階で評価に差が出る
江戸川区は、区の陸域の約7割が満潮時の水面より低いいわゆるゼロメートル地帯であることを公表しており、2025年7月公表の江戸川区水害ハザードマップ第2版でも広い範囲が浸水想定区域に含まれます。エリア全体の地価水準にはこのリスクがすでに織り込まれていますが、同じマンションの中で見ると、1階・2階の住戸と浸水想定水位を上回る階の住戸とで、買い手の受け止め方が分かれる場面があります。
同じ棟の同じ広さだから同じ値段、という前提で話を進めると、実勢と数百万円ずれることがあります。階層、向き、専用庭や駐車場の有無まで見て価格を積み上げるのが私たち鑑定士の仕事です。
売る・住み続ける・放置する|連帯保証と名義の落とし穴
財産分与の合意は金融機関を拘束しない
見落とされやすいのがここです。協議書に「自宅は夫が取得し、ローンも夫が支払う」と書いても、妻が連帯保証人や連帯債務者のままであれば、金融機関に対する責任は消えません。債務者を入れ替えるには債権者の承諾が必要であり、当事者間の約束だけでは対抗できないからです。
ペアローン(夫婦がそれぞれ別契約で借り、互いの連帯保証人になる方式)や収入合算で借りている世帯では、この点を整理しないまま離婚すると、数年後に元配偶者の滞納で請求が来るという事態が起こり得ます。
名義変更にも金融機関の承諾が要る
抵当権が設定されている物件の所有名義を無断で変更すると、多くのローン契約では期限の利益喪失事由(分割払いの約束が失われ、残額の一括返済を求められる事由)に該当します。借換えによって一方の単独債務に組み替えられるかどうかが、実務上の分水嶺になります。
選べる道は大きく3つ
一つは売却して清算する方法です。手取りが残債を下回るなら、金融機関の同意を得て抵当権を外してもらう任意売却(残債が残ることを前提に、競売によらず通常の売買として売る方法)を検討することになります。二つ目は、一方が住み続けて返済を続ける方法。この場合は、住み続ける側が相手の連帯保証を外せるかが焦点です。三つ目は、名義も債務もそのままにして先送りする方法ですが、これは数年後により大きな問題として戻ってくることが多く、おすすめできません。
いずれを選ぶにしても、出発点は「今いくらなのか」です。
価格の根拠をどう用意するか
協議の段階と、調停・裁判の段階で必要な書面が違う
夫婦間の話し合いで相場観を共有したい段階であれば、価格等調査報告書で足りることが多く、費用も期間も抑えられます。相手方が提示した査定書に疑問があり、その妥当性を確かめたいという場面にも使えます。
一方、調停や離婚訴訟で自宅の価額そのものが争点になっている場合、あるいは裁判所に提出する資料として用いる場合は、不動産鑑定評価基準に則った鑑定評価書が必要です。いわゆる簡易鑑定書という名称の書面は、制度上存在しません。この区別はいわゆる「簡易鑑定」に要注意で詳しく整理しています。
評価の基準時をいつに置くか
財産分与の対象となる財産の範囲は別居時を基準に確定し、その評価額は分割時(審判・判決時)に近い時点で判断するというのが、実務で一般的にとられている考え方です。別居から時間が経っている場合、どの時点の価格を出すかで結論が変わります。ご依頼の際は、この点を弁護士とすり合わせたうえでお申し付けください。
費用の目安と依頼から納品までの流れは江戸川区で不動産鑑定を頼むといくらかかる?にまとめています。
まとめ
オーバーローンの自宅は、それ自体としては清算すべき積極財産を持ちません。しかし「だから何もない」と結論づけるのは早計です。他の財産と通算するのかという論点があり、その通算額を決めるのは時価の認定であり、時価が数百万円動けば取り分も動く。断言しますが、オーバーローン案件こそ、評価額が結論を左右します。
要点を振り返ります。
- 2026年4月1日施行の改正民法により、財産分与の請求期間は離婚の時から5年に延長された(民法768条2項ただし書)
- 同改正で2分の1ルールが明文化され、寄与の程度は異なることが明らかでないときは相等しいものとされる(民法768条3項後段)
- 東京高裁平成10年3月13日決定のとおり、時価が残債を下回る住宅そのものは価値ゼロと扱われるが、他の財産と通算するかは裁判例が分かれている
- 西葛西の想定試算では、2016年購入なら2,000万円超のプラス、2025年購入なら500万円超のマイナスと、購入時期で結論が正反対になる
- 財産分与の合意は金融機関を拘束せず、連帯保証・連帯債務・名義の整理は別途、借換え等で対応する必要がある
離婚協議のさなかで自宅の扱いに迷っておられる江戸川区・城東エリアの方、相手方の提示した査定額に納得できないまま調停期日が近づいている方、そして依頼者の自宅評価で客観的な資料をお探しの弁護士の先生方。売れる金額を知ることと、分けるべき金額を示すことは、似ているようで別の作業です。後者を担うのが私たちの役割だと考えています。離婚・財産分与における評価の考え方は離婚・財産分与のための不動産鑑定もあわせてご覧ください。
江戸川区・城東エリアの不動産の評価でお悩みの方は、西葛西の鑑定士による初回無料相談をご利用ください。物件の所在地とご事情、そしていま手元にある査定書や残高証明書の内容をお知らせいただければ、そもそも鑑定評価が必要な場面なのかというところからご説明します。


