登記事項証明書を取り寄せてみたら、所有者の欄に祖父の名前が残っていた。祖父が亡くなったのは30年以上前で、そのあと父も、叔父も亡くなっている。誰が相続人なのかを数えはじめたら二桁になり、会ったこともない親族の名前が出てきた。江戸川区の小岩や平井、松江といった旧市街で土地をお持ちのご家庭から、当事務所にこうしたご相談が届くようになりました。
きっかけは、2024年4月に始まった相続登記の義務化です。これまで「いつかやろう」で済んでいたものに、法律上の期限と過料が設定されました。しかも義務は過去にさかのぼって及びます。施行前に起きた相続についても、2027年3月31日という期限が迫っています。
放置された名義を動かすには、相続人全員の合意か、家庭裁判所の手続が要ります。そしてその合意の中身を決めるのは、突き詰めれば「この土地はいくらなのか」という一点です。私たち鑑定士は、こうした数次相続(相続手続が終わらないうちに次の相続が重なった状態)の場面で、価額を客観的に示す役割を担っています。本記事では、期限のルールを整理したうえで、江戸川区の数次相続で評価が必要になる場面と、その使い方をご説明します。なお相続税の課税上の取扱いは個別事情で結論が変わりますので、必ず税理士にご確認ください。
なぜ「祖父名義のまま」が今になって問題になるのか
相続登記は2024年4月から義務になった
不動産登記法76条の2により、相続によって不動産の所有権を取得した相続人は、相続の開始があったことと自分が所有権を取得したことを知った日から3年以内に、相続登記を申請しなければならないこととされました。この規定は2024年4月1日に施行されています。正当な理由なく申請を怠った場合、10万円以下の過料の対象となります。
背景にあるのは所有者不明土地の問題です。国土交通省の調査では、不動産登記簿のみでは所有者の所在が判明しない土地が全国で2割を超える水準にあり、その発生原因の6割超が相続時に名義変更が行われないことだとされています。名義を動かさないまま世代が重なると、誰の土地なのかが社会的に分からなくなる。その連鎖を断つための制度です。
過去に起きた相続にも期限がある
ここが最も見落とされやすい点なので、はっきり申し上げます。義務化は、施行日より前に発生した相続にも適用されます。祖父が1990年に亡くなっていようと、2010年に亡くなっていようと、まだ相続登記が済んでいなければ対象です。
施行日前に相続が開始していた場合の期限は、施行日である2024年4月1日から3年、すなわち2027年3月31日までとされています。本記事を書いている2026年9月の時点で、残された時間は半年余りしかありません。相続人が10人を超えるような数次相続では、相続人の特定に戸籍の取り寄せだけで数か月かかることも珍しくなく、けっして余裕のある期間ではありません。
相続人申告登記は時間を稼ぐ制度である
期限に間に合いそうにない場合の受け皿として、同法76条の3に相続人申告登記という制度が設けられています。登記名義人について相続が開始したことと、自分がその相続人であることを法務局に申し出れば、申出をした相続人については相続登記の申請義務を履行したものとみなされます。他の相続人の協力なく単独で申し出ることができ、添付する戸籍も自分と被相続人のつながりを示すもので足ります。
ただし、これは名義を変える登記ではありません。申出をした人の氏名・住所が登記に付記されるだけで、所有権は祖父名義のまま残ります。売却も担保設定もできません。そして遺産分割が成立したときには、その日から3年以内に改めて所有権の移転登記を申請する義務が生じます。
つまり相続人申告登記は、過料を避けながら分割協議の時間を確保するための制度であって、問題の解決ではありません。解決するには、結局のところ土地をどう分けるかを決めなければならず、そこで避けて通れないのが価額の問題です。
数次相続では「いつの価格」で評価するのか
数次相続と代襲相続は別物である
まず用語を整理します。数次相続は、ある人の相続手続が終わらないうちにその相続人自身も亡くなり、相続が二重三重に重なった状態を指します。祖父が亡くなり、遺産分割をしないうちに父が亡くなった、という形です。父が持っていた「祖父の遺産に対する相続人としての地位」を、父の相続人である母や子が引き継ぎます。
これに対して代襲相続は、相続開始の時点ですでに子が亡くなっていた場合に、孫が子に代わって相続人になる制度です。祖父より先に父が亡くなっていれば代襲相続、後なら数次相続です。前後関係ひとつで相続人の範囲も相続分も変わりますので、戸籍で死亡日を確定させることが出発点になります。
具体的相続分は相続開始時、取得額は分割時
評価の時点について、実務は二段構えになっています。特別受益(生前贈与などで受けた利益)や寄与分(被相続人の財産維持に貢献した分)を反映して各相続人の具体的相続分(法定相続分にこれらを加味した実質的な取り分)の割合を算定する場面では、相続開始時の価額を前提とします。一方、その割合にもとづいて誰が何をいくら分取得するかを決める場面では、分割時の価額を用います。家庭裁判所の遺産分割調停・審判でも、この二段構えが前提とされています。
数次相続では、この「相続開始時」が複数存在します。祖父の相続について考えるなら祖父の死亡時、父の相続について考えるなら父の死亡時です。30年前の価格時点で評価するとなると、当時の取引事例や地価公示・地価調査のデータを遡って収集する作業が必要になり、通常の評価より手間も費用もかかります。
実務では現在時点を基準にすることが多い
もっとも、実際の分割協議でそこまで遡るケースは多くありません。特別受益や寄与分の主張がなく、法定相続分で分けることに争いがないのであれば、必要なのは「今この土地を分けるとしたらいくらか」という分割時の価額だけだからです。
私たち鑑定士がご相談を受けたときにも、まずこの点を確認します。遡及した価格時点が本当に必要なのか、現在時点で足りるのか。ここを整理しないまま「30年前の価格も出してほしい」と依頼されると、不要な費用を負担していただくことになりかねません。
相続開始から10年という区切りがある
具体的相続分による分割には期間制限がある
2023年4月1日に施行された民法904条の3により、相続開始の時から10年を経過した後にする遺産分割は、原則として特別受益や寄与分を考慮した具体的相続分によることができず、法定相続分(または指定相続分)によることとされました。この規定は、施行日より前に開始した相続にも適用されます。
例外はあります。10年経過前に家庭裁判所へ遺産分割の請求をしていた場合、期間満了前6か月以内にやむを得ない事由があった場合、そして相続人全員が具体的相続分による分割に合意した場合です。しかし数次相続で相続人が多数にのぼる案件では、全員の合意を取り付けること自体が困難ですから、実際には法定相続分で分けるほかない場面が大半です。
法定相続分で分けるなら、価額の精度がすべてになる
受け止め方は分かれるところですが、私たちは前向きな面もあると考えています。「生前に父が祖父の面倒を見ていた」といった、証拠の乏しい過去の事情をめぐる争いが持ち込まれなくなるからです。
そのかわり、争点は価額ひとつに絞り込まれます。法定相続分という割合が動かないのであれば、分け方の公平さを左右するのは、掛け算のもう一方である土地の価額だけです。ここが不正確なら、割合がどれだけ正しくても結果は歪みます。数次相続の案件で鑑定評価が効いてくるのは、まさにこの構造によるものです。
江戸川区で数次相続が起きやすい土地の類型
旧市街の借地権と底地
江戸川区の小岩・平井・松江・鹿骨といった地域には、戦前・戦後から続く借地関係が今も残っています。借地権も底地も、名義が古いまま放置されやすい財産の代表格です。借地の上の建物は住み続けられてしまうため急いで登記する動機が働きにくく、底地は地代が入ってくるだけで売ることも使うこともないため、やはり後回しにされます。
底地は、相続税評価額と市場価格の乖離があらゆる不動産の中で最も大きくなりやすい類型です。路線価図の記号がDであれば借地権割合60パーセント、底地は残りの40パーセントとして評価されますが、第三者が底地だけを買っても地代収入しか得られません。住宅地の旧法借地では、更地価格の1割から2割程度でしか値が付かないことも珍しくありません。詳しくは借地権・底地の評価で整理しています。
区画整理を経ていない街区の狭小地・不整形地
江戸川区は、区画整理が行われた地区と、行われないまま敷地の細分化が進んだ旧市街とが混在しています。後者には、幅員4メートル未満の道路に接する敷地や、路地の奥にある旗竿地が残っています。建築基準法42条2項の道路に接する場合は建て替え時にセットバックが必要となり、同法43条の接道義務を満たさなければ原則として再建築ができません。再建築の可否は、市場では価格が半分になるかどうかの分かれ目です。
そして数次相続の土地は、長年誰も手を入れていないぶん、建物が老朽化し、境界標も失われていることが多い。境界が確定していない土地は、そのままでは売却の交渉に乗りにくく、価格にも影響します。
想定されるケース|相続人11人の土地を数字で見る
具体的な数字で考えてみます。江戸川区小岩の住宅地、地積120平方メートル、路線価30万円、祖父名義のまま。祖父の相続人であった子3名のうち2名が既に亡くなり、その子や配偶者に承継された結果、現在の相続人が11名になっている、という想定です。
| 項目 | 相続税評価ベース | 実勢価格ベース |
|---|---|---|
| 更地としての価額 | 3,600万円 | 約4,500万円 |
| 相続人1名あたり(11分の1) | 約327万円 | 約409万円 |
| 差額(1名あたり) | ― | 約82万円 |
実勢価格は、相続税路線価が地価公示価格の水準のおおむね8割として評定されていることから逆算した概算です。相続税評価額を基準に代償金を計算すると、土地を取得する人以外の10名は、合わせて800万円以上を取り損ねる計算になります。一人あたりでは82万円ですが、全体で見れば無視できる金額ではありません。
しかも、この土地が再建築不可であったり底地であったりすれば、ズレは逆方向にも、より大きくも生じます。「相続税の申告で使った金額を人数で割る」という一見公平な方法が、なぜ公平にならないのか。その理由は路線価だけで分けると損をするのは誰かでも詳しくご説明しています。
相続人が多いときの評価の使い方
持分の買取価格は「全体価格×持分割合」ではない
相続人が多数の案件では、全員で分割協議を成立させるかわりに、一人が他の相続人から持分を順次買い取っていく方法が選ばれることがあります。このとき、買取価格をどう決めるかが問題になります。
ここで断言します。共有持分の価格は、土地全体の価格に持分割合を掛けた金額とは一致しません。11分の1の持分だけを買った第三者は、土地を自由に使うことも、単独で売ることもできません。したがって第三者が買う場面では、割合按分した額より相当低い水準にとどまります。
一方、すでに他の持分を持っている相続人が買い取る場合は事情が変わります。買い足すことで支配が強まり、最終的に単独所有になれば土地全体の価値が実現されるからです。不動産鑑定評価基準は、こうした共有持分の買取や隣接地の併合といった、市場が特定の当事者に限定される場面の価格を限定価格として、通常の市場価格である正常価格と区別しています。
| 買い手の立場 | 価格の性格 | 割合按分額との関係 |
|---|---|---|
| 無関係な第三者 | 正常価格(持分としての市場性を反映) | 相当程度下回る |
| 他の持分を持つ相続人 | 限定価格 | 按分額に近づく/上回ることもある |
| 全員で第三者に一括売却 | 正常価格(土地全体) | 按分額と一致する |
同じ持分でも、誰が誰から買うかで妥当な価格は変わります。「全体の価格を人数で割ればいい」という前提で交渉を始めると、買う側にも売る側にも不満が残ります。私たち鑑定士が評価を行う際には、依頼の目的をうかがったうえで、どの価格を求めるべきかを最初に整理します。
価格等調査報告書と鑑定評価書の使い分け
必要な成果物は、場面によって変わります。相続人の間で相場観を共有し、話し合いの土台を作る段階であれば、価格等調査報告書で足りることが多く、費用も期間も抑えられます。一方、遺産分割調停や審判に進んでいる場合、あるいは他の相続人から価額そのものを争われている場合には、不動産鑑定評価基準にのっとった鑑定評価書が必要です。
なお、いわゆる簡易鑑定という呼び方を目にすることがありますが、これは正式な用語ではありません。鑑定評価書ではないものを鑑定と呼ぶと提出先で通用しないことがありますので、当事務所では価格等調査報告書という名称を用いています。費用の目安と依頼から納品までの流れは、江戸川区で不動産鑑定を頼むといくらかかる?にまとめています。
なお数次相続の案件が私たち鑑定士だけで完結することはまずありません。相続人の確定と相続登記は司法書士、争いがある場合の交渉や調停の代理は弁護士、相続税の申告は税理士の職域です。当事務所は価額という一点について客観的な意見を提供する立場ですが、どの専門家に何を頼めばよいか分からないという段階のご相談でも、整理のお手伝いはできます。
まとめ
祖父名義のまま放置された土地は、相続登記の義務化によって、期限のある課題に変わりました。そして期限内に名義を動かすために必要なのは、突き詰めれば土地の価額についての合意です。
要点を振り返ります。
- 相続登記は2024年4月1日から義務となり、施行前に開始した相続の期限は2027年3月31日である(不動産登記法76条の2)
- 相続人申告登記は過料を避けて時間を稼ぐ制度であり、名義は移らず、分割成立後に改めて登記義務が生じる
- 数次相続では相続開始時が複数あるが、争点が価額だけなら現在時点の評価で足りることが多い
- 民法904条の3により相続開始から10年を経過すると原則として法定相続分による分割となり、公平を左右するのは価額だけになる
- 共有持分の価格は全体価格を割合按分した額とは一致せず、買い手が第三者か他の共有者かで性格が変わる
祖父や曽祖父の名義のまま手つかずになっている土地をお持ちの方、相続人が多数にのぼって話し合いの糸口が見えない方、そして数次相続の案件を抱えて価額の決め方に悩んでおられる司法書士・弁護士・税理士の先生方。2027年3月の期限を考えると、動き出すのは早いほど選択肢が残ります。
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